東京地方裁判所 昭和23年(ワ)4862号 判決
原告 津田末吉
被告 日本国有鉄道
一、主 文
一、被告は原告に対し金二千五百二十八万円を、内金千二百六十四万円に対する昭和二十四年七月二十八日以降及び内金千二百六十四万円に対する昭和二十八年十月十六日以降各完済に至るまで年五分の利息と共に支払うことを要する。
二、原告その余の請求はこれを棄却する。
三、訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
二、事 実
原告は請求の趣旨として、
被告は原告に対し金一億三千五百十一万一千五百四十五円及びこれに対する昭和二十四年七月二十八日から完済に至るまで年五分の割合による損害金を支払うことを要する、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、
請求の原因として、
(一) 原告は、もと、東京都深川において木工場を営んでいたが、戦時中、福島県東白川郡豊里村大字東館字反田十四番地に工場を疎開し、昭和二十二年十一月頃には、同所の敷地約二千坪の土地に、事務所、工場、倉庫、住宅等十二棟(未完成のものを含む。)を所有し、引き続き木工場を経営していた。原告の右工場は、国有鉄道水郡線に沿い、同線東館駅南東方約二百米に所在し、同工場建物のうち、鉄工場、第一倉庫、帯鋸製材工場等は、鉄道線路とほぼ同じ方向に、線路から約十九米の距離に建ち並らんでいた。
(二) 昭和二十二年十一月五日国有鉄道水郡線郡山駅発上り第三七二列車(機関車番号第二八六六三号)が、同日午後〇時三十分頃同線東館駅を発車し、同駅ホーム南端を出離れた時から、右原告工場の西側を通過するまでの間に、右列車機関車の煙突から発散した火粉が、折柄の北西風(秒速四米乃至五米)によつて、約二十一・九米乃至二十三・四米運ばれ、右原告所有の第一倉庫(木造金剛スレート葺二階建、建坪三十二坪、延坪六十四坪木工品納入用倉庫、但し、当時二階床板張は未完成の空倉庫で、板材角材等が置いてあつた。)の開放されていた二階窓(当時窓には板戸が設けられていた。)から飛び入り、同倉庫内に残置されて連日の晴天に乾燥し切つていた鉋屑、藁等の上に落下して、忽ちこれに着火して燃え上り、右倉庫土台下の空間から吹きこむ強風に煽られ、前記列車が右倉庫西側を通過した後二分乃至三分で、早くも同倉庫西側二階窓から黒煙を吹き出し、火災警報発令下、火の手は忽ち右倉庫から工場全建築物に延焼し、これらの建物内にあつた機械、器具、製品、半製品、原材料、家具什器等一切は僅々二時間にして灰燼に帰した。
(三) 本件火災の原因は、国有鉄道当局が旧式老朽の機関車を使用したこと、その機関車に亜炭同様の低品位(熱量約三千五百カロリー)、かつ、粗悪な、従来最も散火することの多かつた常磐炭の神の山十級炭に、三池粉炭を混合使用していたこと、飛火防止の設備を完全にしていなかつた(本件列車機関車に設備してあつたと称する火粉止網なるものは、たとえ設備してあつたとしても、散火を防止するには不完全なものであつた。)こと、本件列車乗員その他の従業員に対し粉炭使用上の訓練指導を十分にしていなかつたこと等に起因する前記列車の散火に基くものであつて、右は、国有鉄道(運輸省)当局が、その職務を行うにあたつて、列車の散火防止について十分な調査研究を遂げず、適切必要な処置を怠りながら、漫然列車を運行した、まことに重大な過失に因るものである。
(四) 仮りに、右のような粗悪炭老朽機関車を使用することが、時局の要請上やむを得なかつたとしても、当時の国有鉄道は、その沿線の山野家屋に常に火粉をまき散らし、このために沿線火災が相ついで生じていた状態であつたから、単に時局の要請であるとしてその責を免れ、ひとり原告にその損害を負担させることは、正義衡平の理念よりして許されるべきものではなく、広く国民全般がその損害を負担する意味で、国家は、その損害に対し無過失賠償責任を負うべきものである。
(五) 原告が本件火災によつて蒙つた損害は、その所有の事務所、工場、倉庫、便所、住宅等計十四棟(うち二棟は建築材料切組中)並びに一般設備(門、塀、外灯、消火用諸施設、運搬用諸施設等)、機械器具、電気動力設備、事務用備品、原材料、製品、半製品、自動車用備品、建築用資材、家具木製品製作用資材、家庭用品(衣料、什器、鶏、食糧、薬粧品等)の焼失または使用不能もしくは要修理のための諸損害、焼跡整理諸経費、工場焼失のため得べかりし利益の喪失、延焼した近隣民家の仮住宅(六棟)の建築材料提供費等物的損害は別紙<省略>第一損害明細書記載のとおりであつて、当時の価格にして合計三千四百三十二万九千八百二十七円九十一銭に達した。また、当時盛大に木工場を経営し、更に発展途上にあつた原告の事業は、本件火災によつて根本的に潰滅して再起不能となり、この打撃により原告の蒙つた精神上信用上の損害は到底計ることはできないが、これをあえて金銭に見積るときは金五百万円をもつて相当とする。よつて右物心両面の損害合計金三千九百三十二万九千八百二十七円九十一銭から、原告の受領した火災保険金七十万円を差し引いた金三千八百六十二万九千八百二十七円九十一銭の支払を国有鉄道当局に対して求めることができる。
(六) しかし、本件火災当時から今日まで諸物価は上昇昂騰の一途をたどり、昭和二十八年九月末日現在の価格をもつて前記物的諸損害を計算するときは、別紙第三損害明細書記載のとおり金一億三千八十一万一千五百四十五円となり、これに精神上信用上の損害金五百万円を加え、火災保険金七十万円を引くときは金一億三千五百十一万一千五百四十五円となる。原告は右金額の支払を得て、前記工場建物以下の蒙つた物的損害をその原状に復することができるように請求する。しかして、右金額に対して本件訴状送達の日の翌日である昭和二十四年七月二十八日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(七) なお、本件火災は、前記のとおり国有鉄道(運輸省)当局者が、その職務を行うに当つて重大な過失により、原告に対し前記損害を与えたものであるから、その賠償の責任は国が負うべきものであるところ、昭和二十四年法律第百五号日本国有鉄道法施行法第四条により被告がその義務を承継したものである。また、国に対しては失火の責任に関する法律(明治三十二年法律第四〇号)の適用はない(明治四十四年(オ)第三九五号大審院判決参照)。けだし、右失火の責任に関する法律は、右判決の説破しているように、失火者の資産に比して損害が莫大で到底賠償に堪えないことがあるという理由で、比較的資産能力の小さい個人を対象としてその責任を軽減するための法律であつて、資産能力が殆んど無限大ともいうべき国に対しては、正義衡平の理念から考えても適用されないものである
と述べた。
被告は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、
答弁として、
(一) 原告主張事実(一)の中原告主張の場所(東館駅並びに鉄道線路と建物との関係位置を含む。)に原告が木工場を所有経営していた事実は認めるが、その余の事実(建物の規模設備を含む。)は知らない。同(二)の中原告主張の日時、原告主張の列車が水郡線東館駅を発車したこと並びにその頃原告方第一倉庫から発火して原告所有の建物を全焼した事実は認めるが、右火災が前記列車の機関車の散火によるものであるとの原告主張事実は争う。同(三)の中本件列車機関車の使用炭が神の山炭及び三池粉炭各五割を混合したものであつたことは争わないが、右使用炭が低品位粗悪炭であつたこと、その他国有鉄道当局に過失があつたとの点はこれを争う。同(四)、同(五)及び同(六)の事実はすべて争い、同(七)の中被告が国の権利義務を承継した点は認めるが、もし、原告において国の公法上の責任を追求するものであれば、被告は右公法上の義務は承継しない、その他の原告の主張は争う。
(二) 本件火災は、原告主張の列車が火災現場通過の際既に発生していたものであるから、国有鉄道の列車運行とは因果関係は存しない。
(三) 仮りに、列車通過後発生したものとしても、次のような事実から列車の散火によるものではない。
(1) 本件列車が東館駅を発車して火災現場附近を通過するまでの間において、同列車機関車の煙室内の真空度は百三十度以下であつたから、右機関車から火粉を散出する筈がなかつた。
(2) 仮りに火粉を散出したとしても、当日現場附近の風向は北風であつて、北西風ではなかつたから、機関車からの散火が原告方第一倉庫に到達したものと仮定すると、風向からしてその火粉の飛火距離は約百三十四米となり、このような距離を飛火する間に、火粉の熱度は下降し、この火粉から発火することは実験則上あり得ないことは明らかである。
(3) 仮りに当日の風向が北西風であつたとしても、列車の進行速度を加算すると、その飛火距離は約三十米となるから、当時本件列車機関車に装置してあつた火粉止網を脱出できるような小火粉が、右のような距離を飛火するときは、やはり着火能力がなくなり、従つて発火しなかつた筈である。
(4) 仮りに右火粉が着火能力を持ち続けて飛散したとしても、本件火災発生時刻は、その発見の時刻から推して、本件列車が火災現場を通過した後精々一分を経過していなかつた筈であるのに、本件列車が現場を通過した後一分位経過した頃、すなわち、現場から約三百五十米隔つた地点に来た時、既に原告方第一倉庫二階窓から黒煙が出ているのを発見したのであるから、その発火が列車の散火によるものとすれば、余りにも早すぎ、科学的見地から不可能の事に属する。
(5) 原告の主張する第一倉庫二階窓は当時閉鎖されており、また、同倉庫の一階と二階との間には床板が張つてあつたから、原告の主張するように二階窓から火粉が入つて、階下の鉋屑、藁等に着火する理由がない。
(四) 仮りに列車の散火に起因する火災であつたとしても、国有鉄道(運輸省)当局、または、その使用人に過失はなかつた。すなわち、
(1) 本件列車に使用した三池粉炭神の山炭は原告の主張するように低品位粗悪ではない。従つて、これら石炭を使用したことに過失はない。まして、戦後我国においては進駐軍用炭と国内消費用炭とに区別され、後者はすべて配炭公団により配給され、これをいかに経済的能率的に使用するかが我国民に課せられた責務であり、品質を自由に選択購入することが不可能であつたことは、当時の社会経済状勢上顕著な事実である。本件列車に使用した石炭も配炭公団から配給された石炭を、経済的、能率的、かつ、散火防止的見地から最も適当な割合で混合使用したものであるから、国有鉄道当局に過失はない。
(2) 本件列車に乗務した機関士、機関助士は、本件列車を運転するに際して、機関車に火粉止網を使用し、使用石炭には水をかけるなど、その他運転上散火防止のために相当の注意を払つて運転したものであるから、この点においても、国有鉄道には何等の過失はなかつた。
(3) 国有鉄道の列車運行は、運輸交通の利便をはかり、公共の利益を増進しようとする正当な行為である。しかして、国(運輸省)においても、常に列車の散火による火災防止に尽力していたのであつて、本件火災当時もその防止運動を展開し、部内に対しては、機関車の整備、使用石炭の改良、乗務員の訓練、線路の巡回等を施行させると共に、部外者に対してもその防止に協力を求めていたものであり、本件列車についても、右趣旨にそつて、可能な範囲で良質な石炭を使用し、その配合を考慮し、火粉止網を整備し、乗務員は必要な個所において散水その他の措置をとつているのであるから、国有鉄道当局には何等の過失はない。
(五) 仮りに国有鉄道に過失があつたとしても、失火の責任に関する法律は国(運輸省・国有鉄道)の行為に対しても適用がある。同法は民法不法行為に関する規定の例外規定として制定されたものであつて、失火者の損害賠償能力の存否によつて、右法律の適用を左右するものではない(松山地方裁判所宇和島支部昭和二十五年(ワ)第二〇二号判決参照)。故に国(運輸省・国有鉄道)、従つて被告に賠償責任はない。
(六) 被告は無過失賠償責任を負うものではない。前記のとおり、失火責任についてさえも損害賠償義務を免除されているのに、無過失賠償責任を負担するのは条理上不当である。殊に本件においては、当時国(運輸省)は、前記のとおり、列車の散火による事故防止上の注意義務を十分尽していたので、鉄道事業の公共性から、一般部外者もこの種事故防止に対し協力すべき義務があるのに、原告が該地方に沿線火災が瀕発していることを知つていながら、防火について何等の措置をとらず、一月以上誰も立ち入らない倉庫の二階窓を原告の主張するように開放したまま放置しておいたとすれば、原告の重大な過失であるから、右重過失の存することからしても、被告に無過失賠償責任を負担させることは、衡平の理念上許されるべきものではない(水戸地方裁判所下妻支部昭和二十五年(ワ)第一〇九号判決下級裁判所民事判決集第一巻第七号参照)。
(七) 仮りに以上の主張がすべて認められないとしても、原告には前記のような重大な過失が存するから、被告の賠償額についても、右過失は斟酌されるべきものである
と述べた。
<立証省略>
三、理 由
(一) 原告が、昭和二十二年十一月五日当時、福島県東白川郡豊里村大字東館字反田十四番地に木工場を所有経営していたこと、同日午後〇時三十分前後に、同工場第一倉庫(第一回検証調書に(ハ)の建物として記載されているもの。)から発火して同工場を全焼したこと同工場が国有鉄道水郡線東館駅東南方約二百米の地点にあり、同工場のうち前記第一倉庫が水郡線の鉄道線路西側約十九米の距離に線路とほぼ平行に建つていたこと、同日午後〇時三十分に水郡線上り第三七二列車(機関車番号第二八六六三号)が東館駅を発車したことは当事者間に争がない。
(二) 成立に争のない甲第五号証の三、同号証の六と証人佐藤武実、同佐藤源次郎、同四関茂、同高信正明、同金沢弘二の各証言と第一回検証の結果とを綜合すると、
本件火災の発火場所である第一倉庫は、南北八間東西四間建坪三十二坪外二階三十二坪の木造金剛スレート葺二階建であつて、土台はなく、角材を地中に打ちこんで建てられてあり、従つて、建物周囲に張つてある下見板と地面との間には隙間があり、殊に西側鉄道線路寄りの部分の隙間は大きく、東側のそれは、倉庫内土間に放置されていた鋸屑のため、隙間は埋められて小さくなつていたこと。出入口は、東北隅と東南隅に各一つあつたが、扉は設けてなかつたこと。窓は高さ四尺五寸、幅六尺のものが東西両側には階上、階下に各二個、南北両側には階下にだけ各一個あり、いずれも板戸が設けてあつたこと。内部の構造は、天井と床板は階上階下共に張つてなく、階上階下を区切るのは、梁木だけであつたこと。階下内部周囲には、角材、板材が立てかけてあり、階下土間には鋸屑と小さい鉋屑が放置され、その鋸屑は西側線路寄りで約五、六寸の厚さがあり、南隅には藁が約十束置いてあつたこと。電気電灯の設備はなく、雨天でない限り、窓は採光のため開放されていたこと。二階に登る設備としては階段も梯子もなく二階の窓の開閉は、下から棒で開閉したり、梁によぢ登つて開閉していたこと。本件火災当日より二十日位前までは、この倉庫内で、大工二、三名が、建築準備のため仕事をしていたが、その後建築中の住宅内部で仕事ができるようになつたので、この倉庫内部では常時仕事をしていた者はなかつたこと。また、平常から、この倉庫内で火気を取扱つたことはないこと。本件火災当日原告方工場は休電日に当つていたので、同日午前中、五名の職工が製材工場内、または、その前庭で材料結束作業を、職工三名が家具工場内で箱作りを、女工二名が製材工場東側空地で小豆の整理を、大工二名が製材工場で、同じく大工二名が建築中の住宅で仕事を、その他一、二名が他の作業をなし、事務員三名が事務をとつていたが、午前十一時半昼食のため作業をやめ、約十名が工場内で昼食をし、製材工場内囲炉裡端で休憩しており、他の職員は昼食のため帰宅していたこと。火災発生個所である前記倉庫には、当日特に出入した者のあつた形跡は認められず、同倉庫二階西側窓は開放されたまま放置され、階下の窓は閉ぢられていたこと。
以上のような事実を認定することができ、この事実から本件火災当日、右第一倉庫内部には、火気、もしくは、自然発火の惧等、特に火災発生の危険を認めるに足りるような徴候は何も存在しなかつたものと認めることができる。しかして乙第四号証及び証人榎戸三二の供述中右認定事実に反する記載または供述部分は措信しない。
(三) 前記のように水郡線上り第三七二列車が昭和二十二年十一月五日午後〇時三十分東館駅を発車したことは当事者間に争がない。成立に争のない乙第一号証によれば、本件火災発生場所である前記第一倉庫は、水戸起点約七〇粁七五〇の地点に当り、東館駅の中心点は、同起点七〇粁九一〇である。検証(第二回)の結果によれば、本件列車機関車の東館駅における停車位置は、同駅駅長室タブレツト電話設置個所から約六五米南方(水戸寄り)であつたことが認められ、従つて、右機関車の停車位置と、本件火災発生場所に最も近い線路上の地点との間の距離は、約九五米となり、また、成立に争ない乙第十六号証の二によれば、列車停車位置と火災発生場所間の距離は約百二十米となる。しかして第一回検証の結果によれば、列車は本件火災現場附近から水戸方向に千二百米を走行するのに三分を要し、第二回検証の結果によれば、東館駅発車後田川橋まで一分五秒、切り取り地点まで一分二十五秒、小田川鉄橋まで一分三十五秒、杉林まで二分二十秒、杉林切り取りまで二分三十秒を要しており、また、前記乙第十六号証の二によれば、現地試験の際、同駅構内停車位置から右発火地点まで五十八秒、田川橋まで一分二十六秒、小田川鉄橋まで二分二十五秒、杉林まで三分二十二秒を要している。以上の事実から推算すると、本件列車機関車は同日午後〇時三十分三十秒から同五十八秒までの間に本件発火場所の傍を通過したものと推定できる。成立に争ない乙第五号証によれば、鈴木勘介は、自宅で寝ていて列車が見えなくなり、七〇粁地点まで行くか行かない時に煙を発見しているし、証人鈴木ハツは、第一回の尋問において夫勘介が火事だと叫んだ時、まだ汽車が見えていたような気がすると証言し、同第二回の尋問では、勘介が火事だと云つた時には白い煙が見え、その時列車は杉林に頭をいれかけていたと述べ、証人藤井鉄は、列車がカーブにさしかかつた際、乗客が火事だと騒ぐのに気がつき、自分で工場の燃えるのを目撃したときは、駅から百八十間程離れた堀割附近を走つていたと述べ、成立に争ない甲第五号証の九には、同証人の陳述として、駅から約十町位先の、右手が河原で反対側が山になつている線路のカーブを過ぎる頃、工場の火事を見た旨の記載があり、証人塚田秀夫は、カーブの少し手前で、津田工場が火事ではないかと乗客が騒いだけれども、列車の左側にいた同証人は、カーブのため見えず、列車の右側に行くと真黒な煙が上つていたと供述し、同金沢重郎(第一、二回)は、汽車がカーブの向うの杉林に隠れたので、振り返つて見たら、工場の一階か、二階の北寄りの窓から煙が出ているのを見た旨証言している。
これらの諸証拠と、成立に争ない甲第五号証の八、検証(第一、二回)の結果及び前記乙第十六号証の二の現地試験の結果を綜合すると本件火災は、本件列車機関車が田川橋を過ぎて切り取り地点に差しかかつたけれども、まだ小田川鉄橋を越す以前に、鈴木勘介や本件列車の乗客の一部の者が火災ではないかと気がつく程度の煙を窓から出すに至つたと認めることができる。
しかして、当時の本件列車の走行速度を考慮するときは、本件火災が発火して黒煙を窓から出すに至つた時刻は、大略本件列車が東館駅発車後およそ一分三十五秒から二分二十五秒までの間すなわち、同日午後〇時三十一分三十五秒から同三十二分二十五秒までの間となり、本件列車が本件火災発生場所の傍を通過後一分五秒から一分二十七秒までの間位であることを知ることができる。成立に争のない乙第十二号証、証人緑川稲子、同緑川末吉、同海老根喜平、同島田悦男の各証言は前記認定を左右するものとは認められない。
これを要するに、本件火災の発火時刻は、十一月五日の何時何分であつたか正確には認定できないけれども、本件列車機関車が火災現場通過後小田川鉄橋に差しかかつた頃までの一分五秒乃至一分二十七秒間に発火して煙を窓から吹き出す程度に燃焼するに至つたがその頃はまだ火焔を吹き出すまでには至つてなかつたものと認定できる。
(四) 機関車による散火が絶無でないことは、従来の経験に徴して明らかであるばかりでなく、運輸省当局もまたは当時列車散火による沿線火災防止運動を展開していたこと(被告の自供)によつて、これを肯定することができる。そこで本件列車機関車に使用した石炭の品質、使用方法火粉止網等について検討して本件列車の散火の可能性がどの程度のものであつたかについて考えてみることにする。
(1) 本件機関車には、常磐炭である神の山炭と、九州炭である三池粉炭とを各五割宛混合使用したことは当事者間に争がなく、証人栗栖勇、同鍋谷包治の証言によれば、当時国有鉄道水戸管理部においては、石炭不足のため貯炭量が非常に減少し、一日か二日分しかなかつたこと、そのために等外の亜炭さえも、これを十一級炭として相当量納入させていたこと、しかして、これらの石炭は品質が悪く、その熱量は三千五百カロリー程度であつて、このような低品位の石炭を十分燃焼させるには、空気の供給をよくするため、汽罐内に特に送風する必要があり、従つて、一般に機関車から火粉を散出する危険も多くなつていたことを認めることができ、また、証人園部一夫の証言によれば、本件機関車に使用した神の山炭は十級塊炭であつたこと、同証人及び証人荒蒔良の証言によれば、一般に、本件火災当時、国有鉄道で使用していた石炭は、現在(昭和二十四年十月)よりも、質の悪い石炭であつたことが、それぞれ認められるので、以上の諸事実を綜合すると、本件機関車に使用された神の山十級塊炭並びに三池粉炭の品位が良質のものであつたとは認め難く、むしろ、原告の主張するように、右両種の石炭は、いずれも低品位粗悪な石炭であつたものと推認せざるを得ない。
(2) 証人芹沢孝太郎の証言により真正に成立したと認められる乙第十三号証の一、二と前掲乙第五号証の四と証人園部一夫、同荒蒔良、同岡村芳英の証言とを綜合すると、本件機関車の煙突には火粉止網(直径一・六粍の針金で二十五平方粍につき四目の網目あるもの)が設けられていたこと、右火粉止網は同年八月十日頃に修理され、本件火災当日も別段異状は認められなかつたこと、しかし、使用石炭の如何によつては、この種火粉止網の設備の有無に拘らず散火の可能性の存することが認められる。
(3) 前掲乙第十六号証の二、証人園部一夫、同荒蒔良の証言を綜合すると、前記(1) (2) のような使用石炭の品質、火粉止網の存否の他に、機関車の汽罐の構造及び状態、すなわち、火格子、煉瓦アーチ、灰箱、煙室、反射板の各構造、通風力、煙室の真空度、火床状態、使用炭に対する散水の有無、投炭方法、索引重量等もまた機関車から散出する火粉の大小、強弱、数量に影響があるところこれらの構造状態がたとえどのようであつても、所詮火粉の散出を絶無ならしめるものとは認めることができない。
(4) 右(1) (2) (3) に掲げた諸証拠を綜合すると、本件機関車が当日東館駅に停車中に、前記のような混合石炭(これに対し約五パーセントの散水をしてある。)をスコツプで約三十杯投炭し、貨車七輛、客車四輛、換算二十六車四分の列車を牽引して発車し、約百米進行した際更に約十杯投炭し、当初は千分の一六、次いで千分の八の上り勾配(この両者の上り勾配区間約五百米)を、定時より約九分遅れながら進行していた状況を認めることができる。以上認定の諸事実及び各証拠を綜合すると、本件列車は、本件火災現場を通過する前後において、通常以上に火粉を散出する可能性があつたものと認めることができる。
(五) 次に火災発生当時の気象について考えてみるのに、成立に争ない甲第五号証の二、三、十二、十三、甲第十七、第十八号証、証人金沢重郎の証言(第二回)により真正に成立したと認める甲第十二号証と証人高信正明、同金沢重郎(第一、二回)、同小林千代松、同金沢利章の証言を綜合すると、本件火災前後における現場附近の気象は、概略次のようなものであつたと認定できる。
昭和二十二年十月二十三日頃から晴天の日が続き、同年十一月五日午前十時においては、平均して北西の風、風速毎秒三・五米乃至五・九米、快晴、気温摂氏一二・七度であり、火災警報が発令されていた。火災発生時である同日午後〇時三十分頃も、右とほぼ同様の気象状況であつて、風向は火災発生後も北西でその後南風に変つた。
以上の認定に対して、証人緑川稲子、同藤田ハル子等は、火災発生当時北風であつたと証言し、同緑川末吉は、北または北西の風と述べ、同佐藤源次郎は、北の方の風であつた旨証言しているが、これらの証言も前記認定に必ずしも矛盾するものとは認められない。
(六) 以上認定したように、本件火災発生当日、火災発生場所である第一倉庫には、火気その他特に火災発生の惧を認めさせるような徴候がなかつたのに反し、火災発生時刻は、本件列車が現場通過後一分五秒から一分二十五秒までの間であり、右列車は右現場通過前後においては通常以上に火粉を散出する可能性を有していたものであり、風速毎秒約四乃至五米の北西の強風が吹き、晴天続きで火災警報が発令されており、前記第一倉庫は、鉄道線路水戸起点約七〇粁七五〇の地点から東方約十九米の距離にあり、その西側二階窓は開放されたままであつて、その内部土間には、乾燥した鉋屑、鋸屑等が存在し、しかも、土台がないため、下見板と地面の間に相当の隙間があつて、風が吹きこむ状態にあつた諸事実を綜合すると、本件火災は、本件列車機関車が現場通過前頃にその煙突から火粉を散出し、その火粉が前記第一倉庫内に飛び入り、内部の鉋屑等に着火して発生したものと断ぜざるを得ない。すなわち、前掲乙第十六号証の二の現地試験の結果を参照すると、当時の風向風速よりすれば、本件列車機関車が、水戸起点七〇粁七六五附近におよそ達した時にその煙突から散出した火粉が、約二十四・三米の距離を、約五秒乃至十四秒を要して飛火し、開放されていた二階西側窓から第一倉庫内に入り、土間にあつた乾燥した鉋屑に着火し、五十一秒乃至一分二十二秒以内に、早くも右二階窓から煙を出す程度に燃焼するに至つたものと認定できる。
被告は、昭和二十七年十月に実施した「列車散火の着火力試験」「火粉の着火力判定試験」「火粉到達時間の理論的推定」(以上成立に争のない乙第十六号証の二、三、四)、鑑定人石川政吉の鑑定の結果を援用して、本件列車機関車が現場附近通過当時、その汽罐の煙室内の真空度は一三〇mm以下であつたから、火粉は散出しない、仮りに、散出したとしても、二十四米の距離を飛んだあげく、なおかつ鉋屑に着火させるだけの能力をもつた火粉は理論的見地から散出しないと主張する。なるほど、鑑定人石川政吉の鑑定書によれば、右各種試験の結果は信頼度の高いものであることは認められるが、いかなる試験でも、本件火災発生当時の機関車、倉庫内の鉋屑の状態、その散火の状態、火粉の着火力等を、その通り再現して試験することは、到底不可能であることは多言を要しないところであつて、しかも、前記試験によつても、火粉の平均半径〇・二糎以上のものも、時には二十四・三米の距離に達し得る可能性が認められるのであり、前記煙室の真空度が、試験の通り一三〇mm以下であつたとは断定できないし、また、火粉の形状性質は千種万態であつて、たとえ、前記のような火粉止網が完全であつたとしても、なおかつ、二十四米余を飛んで鉋屑を発火させる能力のある火粉を散出することがあり得ること、換言すれば、前記試験の結果がすべて消極的であつたとしても、なお現実にはその例外の場合が多々あり得ることは否定し得ないところであろう。殊にその火粉の空中飛翔中の状況、鉋屑の着火と火粉との関係等に至つては、到底何人もよく解明し尽すことのできるものではない。
これを要するに、以上挙示したような事情の存するときは、本件火災は列車の散火による火災であると認定することができ、右鑑定の結果によつてこれを否定することはできない。
(七) 本件火災の発生原因は、以上認定のとおり、本件列車機関車の散火によるものであるが、その責任は、以下述べるとおり、国有鉄道(運輸省)当局にある。
証人園部一夫、同荒蒔良、同横田卯吉、同岡村芳英、同塚本孝一、同芹沢孝太郎の証言を綜合すると、列車の散火は、その機関車の汽罐内部の構造状態、投炭時期、投炭方法等も影響するけれども、一般に、良質の石炭を使用するときは、火粉止網を設備しなくても、火粉を散出することは極めて稀であり、これに火粉止網を装置し、投炭方法、火床の状態、通風等に特に注意すれば、一層散火の危険が少くなるのに反し、低品位粗悪な石炭を使用するときは、火粉止網を装置したうえ、なお前記のような注意を施しても、火粉の散出は避けることができないものであるところ、本件列車を運転するに際し機関車乗務員は、始発駅で火粉止網を検査して異状のないことを確かめ、使用炭に対しては、約五パーセントの散水をし、その他投炭方法時期等についても、一応の注意事項を守つており、機関車自体の構造その他においても、特に著しい欠陥のなかつたことが認められる。それにも拘らず、前記認定のように、火粉を散出して本件火災を発生させるに至つたのは、ひとえに、前記認定のように、低品位粗悪な石炭を五割宛混合使用したことが原因となつているからである。
しかして、右のような品質の石炭を列車運行に使用したことが重大な過失を構成することは後記説明のとおりであつて、右は単に末端の大子機関区、水戸鉄道管理局、東京鉄道局の関係職員の責任ではなくその経営の主体である国自体の責に帰すべきものである。
さすれば国は法人であり、法人は不法行為能力を有すること民法第四十四条により明らかであるから(本件は同条にいう法人の理事その他の代理人がその職務を行うについて他人に損害を加えた場合に包括されるべきものである。)、国(被告の被承継者)は民法第七百九条により、原告に対し本件火災による損害を賠償する義務がある。
なお、本件は重大な過失によるものであるから、失火の責任に関する法律(明治三十二年法律第四〇号)によつて免責されるものではない。
被告は、右のような石炭を使用したことは、当時の我国の社会経済状勢上やむを得なかつたものであると主張する。
なるほど、当時の我国は、連合国占領軍の占領下にあり、敗戦後の混乱に伴う諸産業の復興は未だ十分その緒についておらず、特に石炭の欠乏は甚だしく、配炭公団を設けてその配給に当らせており、一般に質量共に自由に選択して購入することはできず、他面占領軍の需要に対し優先的に応ずべきことを余儀なくされていたことがあるかも知れない。しかし、右のような事情があつたとはいえ、一層良質の石炭を使用することが不可能であつたと認めることはできないのみならず、右にあげたような低品位粗悪な石炭を使用するにおいては、どのような設備方法を施してもなお或程度散火による沿線火災を防ぎ得ないことは、国有鉄道当局において認識していたと解すべきであるから、このような認識がありながら列車の運行をしていたことは、その心的態度において、列車の散火による沿線火災が発生しないように希望し、或いは期待したとしても、右の行為は重大な過失の域を脱するものではない。けだし、いかに運輸事業が公共の福祉のため必要であるとはいえ、それがために火粉の出やすい石炭を使用して沿線に火災の起る危険を増大してよい訳はなく、従つて右のような特別の状況下における鉄道事業運営者の防火上の注意義務は軽減されるよりは、むしろ加重されるべきものだからである。国有鉄道当局としては、右の義務に基き、あらゆる所属機関を動員して、散火による火災発生の原因を究明し、これが防止方法を研究し、他方では使用石炭の良質化に手を尽すべきである。本件において、国有鉄道当局が右のような義務を尽したと認めるに足りる十分な立証はない。まして、このような場合の散火による沿線火災が不可抗力として免責されるべきものではない。
(八) しかしながら、本件火災については、原告にもまた、競合する過失があるといわなければならない。
既に(二)及び(五)において認定したように、本件火災の発生場所である原告方第一倉庫は、未完成であつて、二階床板は張つてなく、一階土間には鉋屑、鋸屑、藁等の燃え易い物が存在し、かつ、当時は十日以上も晴天が続き、風速四乃至五米の強風が吹き、火災警報発命中であつたにもかかわらず、右第一倉庫二階の窓を開放したまま放置し、しかも、原告本人の供述及びその弁論の全趣旨によれば、本件火災発生当時、原告は上京不在であつたが、列車の散火による沿線火災の頻発はこれを熱知しており、また、当時国有鉄道当局も、右沿線火災防止について、一般部外者にも協力を求めていたことを知つていたものと認められ、他面、右倉庫は鉄道線路から僅か十九米余の距離にあつたこと、前示のとおりであるから、右のような状況下においては、当然原告不在の際も火災予防のため、自己の使用する職員等をして、右倉庫の二階窓を閉鎖させるとか、或いは、証人鈴木ハツの証言のように、列車の通過する度に見張をさせる等、火災予防のために万全の注意を払うべきであつたのに、これを怠つたことは、原告の過失というべきであつて、この過失は本件火災を惹起させた条件の一をなすものであり、この条件は本件火災につき前記国有鉄道側の与えた原因と競合するものと認めるのを相当とする。勿論本件火災の主たる原因は鉄道側の過失によるのであるから、原告は本件火災による損害賠償の権利を有すべきものであるが、唯、その競合する過失のため損害の一部は原告においてこれを負担しなければならない。しかして右分担の割合は、前記各事情を斟酌した過失、すなわち、有責の程度(不注意の程度はこれを比較できないこと勿論である。)により、原告一対国有鉄道側二とするのが相当である。
(九) 本件火災により原告所有の建物十二棟建築準備中の建物二棟その附属施設機械器具、材料、家庭用品等別紙第一損害明細書記載通りの動産及び不動産が滅失または毀損したことは、検証(第一、二、三回)の結果及び原告本人の供述によつてこれを認めることができる。当裁判所は原告本人の供述、右検証の結果その他諸般の事情を斟酌して右損害を左の如く認定するを相当と認める。(別紙第一損害明細書参照)
一、工場内建物十二棟ほか二棟分木材 5,767,000.00円
二、一般設備 1,618,000.00円
三、機械設備器具及び作業工具備品 4,675,000.00円
四、電気動力設備及び備品 1,200,000.00円
五、事務用備品 500,000.00円
六、主要原材料、製品、半製品 2,000,000.00円
七、自家用自動車備品、部品 150,000.00円
八、建築請負工事用資材在庫及び工場建築用資材 3,000,000.00円
九、家具木製品製作用資材 300,000.00円
十、家庭用品 800,000.00円
計 20,010,000.00円
右損害算定の時期は本件火災発生の時であり(インフレーシヨンの影響については後記)、損害額は当時の物の価値による。原告は建物についてはその建築当時の建設費用、動産についてはその購入時の価格を挙げているので、これらは使用年限当時の物価関係その他を考慮に入れれば、原則として本件損害の算定の基準とすることができる。
原告は右の外雑損害として金三百九十二万円を計上主張し、その内訳として(イ)復旧迄二ケ年の工場損害金三百六十万円、(ロ)焼跡整理費その他の諸雑費二十万円、(ハ)近隣延焼の民家(六軒)に提供した仮住宅建築材料(木材、釘、鉄板等)十二万円としているが、右(イ)の損害は結局原告が本件火災による得べかりし利益の喪失を意味するものと解されるけれども、賠償を求めうる得べかりし利益とは事故発生当時のもの、たとえば転売の利益の如きをいうのであつて、爾後の利益を指すものではない(このような利益は一般に相当因果関係を有しないものとして否定されるのである。)。また、右(ロ)の損害は普通建物の建設に附随するものであつて特別に損害として認むべき程の額を要するものではない。しかして右(ハ)の損害はその原因が全く不確定であつて、これを肯定するに由ない。故に原告の右各損害の請求はいずれも失当である。
原告は前項判示のように本件損害につき二対一の割合によりこれを分担すべきものであるから、前記損害の三分の二についてその賠償を求める権利を有し、かつ、原告は本件について火災保険金七十万円を得ているので右金額はこれを控除すべきものである。故に原告が請求できる賠償額は
20,010,000.00円×2/3-700,000.00円 = 12,640,000.00円
すなわち金千二百六十四万円である。
原告は本件において精神上及び信用上の損害として金五百万円を請求しているが、精神上の損害は所謂無体損害の場合に限つて考慮さるべきものであつて、本件のように財産上の損害についてはこれを求めることはできず、また、本件は原告の信用を毀損したものではないので、信用上の損害を求めることはできない。故にこの点における原告の請求もまたはすべて理由がない。
(十) 原告はインフレーシヨンの影響を理由として本件損害額の基準時期を現在に求め、その損害額を別紙第三損害明細書記載のように一億三千八十一万千五百四十五円に拡張したのであるが、前記判示のように物の滅失毀損に基く損害賠償の算定時期はその滅失または毀損の時であつて、インフレーシヨンによつて右標準の時期を変えることはできない。従つて原告の別紙第三損害明細書に基く主張は理由がない。
しかし、本件火災の発生した時と現在との間のインフレーシヨンによる貨幣価値の重大な差は本件損害賠償額につき考慮されざるを得ない。けだし、もしそうでないとすると、結果として原告には甚しく苛酷となり、被告には不当に利得を与え、結局損害賠償を認める法律の目的を達することができなくなるからである。従つて、右考慮は正義及び衡平の要求するところであるといわなければならぬ。しかし、右考慮とは原告に損害賠償の増額請求権を認めるものではなく、本件のように不法行為等の場合には、裁判所の損害に対する評価変更の権能を認めるものである。原告は別紙第三損害明細書記載の損害額の主張において右裁判所の考慮をも併せ求めたものと解すべきである。よつて当裁判所は、右原告の拡張請求した昭和二十八年十月十六日以降は、更に前同額の損害賠償をさせるのを相当と認める。
(十一) 原告は右金額中その半額の金千二百六十四万円については訴状送達の翌日である昭和二十四年七月二十八日以降、また増額に係る右同額の金員については原告の前記請求の趣旨拡張の申立書が被告に送達せられた昭和二十八年十月十六日以降各年五分の利息を求めることができる。
(十二) 被告は昭和二十三年法律第二百五十六号日本国有鉄道法によつて設立せられた法人であり、同施行法(昭和二十四年法律第百五号)第四条によつて国有鉄道に関する国の一切の義務を承継したので、原告の被告に対する前記金額の範囲における本件損害賠償の請求は理由がある。
(十三) 訴訟費用の裁判は民事訴訟法第八十九条第九十二条による。
(十四) 仮執行の宣言は本件においてはこれをしないのが相当である。
(裁判官 安武東一郎 綿引末男 福森浩)